夜のピクニック (新潮文庫)

夜のピクニック (新潮文庫)

最近ではすっかり人気作家になってしまった恩田陸の「夜のピクニック」が映画化されるそうだ。高校生が夜を徹して80kmただただ一緒に歩くだけという「歩行祭」のお話だ。そんでなんか胸がキュンとなっちゃうお話だ。ついでに言うと、僕の母校の行事がモデルだったりする。なぜ歩くのか?そう疑問に思う人もいるだろう。だが考えて欲しい。登山家はなぜ山に登るのか?そこに山があるからだ。だから僕らも歩くのだ。そこに道があるから。未知なるものが待っているから。
なんてことを考えてるわけはなく、ただぼーっと歩いていた。目的など、考えられない、非常にメタレベルな行事だ。途中でロマンスや胸キュンもあったかもしれない。普段は話したことのないキュートなあの娘に話しかけるチャンスもあったかもしれない。でも12時間後には疲労でみんなぐったりだ。途中で食べたバナナの味は忘れられない。恋はバナナに負けることを知った。ところでオリジナルな名前は「歩く会」だ。これ以上ない、ストレートな名前である。「夜を徹して」というのに偽りはない。大休止で田舎の体育館などを占拠して、2時間ほどの仮眠があるけれども、寝れた試しがない。あの高校の卒業生は皆、段ボールと新聞紙の暖かさを知っていると思う。たまに地元の人のサービスで花火が上がったりする。テンションも上がる。そしてたまに雨が降ったりする。テンションはがた落ちになる。雨天中止などありえない。僕は雨合羽を用意していなくて、黒いゴミ袋をかぶって歩いた記憶がある。けっこうなトラウマだ。そして最後の20kmは皆で走るのである。「歩く会」と言っているのに完全な詐欺である。遅れるとバスで回収される。このバスで回収されるのが、運動部の高校生にとっては屈辱的なので、一生懸命走る。僕は何を勘違いしたのか、1,000人中50位以内に入ってしまったことがあった。おそらく今は進んでバスに回収されるであろう。そしてバスから言うだろう。みんな頑張れよ、と。頑張れ、頑張れ。そう、あの時は確かにみんな頑張ったのだ。それだけは、確実なことが言える。今ではなんかいい思い出の、心憎い行事だったりするのだ。




おもひで